2026年9月1日火曜日

「沃野の月」のことなど

最近びっくりした体験を一つ書くと、先週のある日の午後、幻覚を見た。現実の時空とつながらない光景を錯視するのは気味の悪いことだった。何が引き金だったのか。料理に使ったぶなしめじの中に変なキノコが混じっていたのか、新しく届いた印刷物のインクなどの成分がいけなかったのか、それとも散歩中に何かおかしなものを体内に取り込んだのか。

日曜日、天王洲の銀河劇場で、野村眞里子さんプロデュースのフラメンコ公演「沃野(ベガ)の月」を観た。スペインのフェデリコ・ガルシア・ロルカをテーマにした舞踊。ロルカは昔、戯曲をいくつか読んだことがあり、イプセンやチェホフとは違った、いきなり核心へと向かうような直裁な書き方に強い印象を受けたことがある。1936年8月、38歳で銃殺されるという最期も衝撃的だ。スペインのフランコ政権は1975年まで続いたというからヨーロッパでも特殊な近現代史を持つ国と言えるのだろう。フラメンコはとても独自色の強い舞踊・音楽の文化で、その濃密な個性に気圧される。アフリカのリズムやアラビアの感受性、ロマ族の香りも混ざり合っているのだろうか。ロルカの死にあたると思われる部分のソロ舞踊(アルベルト・セジェス)がことに強烈なパフォーマンスだった。野村眞里子さんの夫君の野村喜和夫さんのロルカを想う詩の朗読もあった。こういう舞台作品も、実生活の時空とつながっておらず、その意味で幻覚に近いものであり、くらくらする体験だ。

ついでに。土渕信彦さんの京都のギャラリーの新しい企画展示の案内が届いた。下の通り。


(池田康)

2026年8月18日火曜日

晩夏へ

晩夏が近づいてきた。暑さに耐えて、というよりも普通に淡々とやり過ごす感じになってきており、夜も特に寝苦しさはない。大きめのだぶだぶのTシャツを着る、風と戯れるような楽しさを発見した夏だった。

今、教科書のような本を少しずつ読んでいるのだが、こういう書物は一生懸命読んでいてもついつい眠くなる。どうしても寝付けないという人には教科書の類を読むことをお勧めしたい。そのほかの策としては、寝床で小さい音で音楽を聴く(20分くらいで寝られる)、明るいうちに大いに動き回り適度な疲れを得て寝る、くらいが有効だろうか。薬も酒もいらない。

うちの音響設備の中で、おんぼろカセットデッキは長い間使っていなかったが、最近必要あって使ってみたらちゃんと録音・再生できて、嬉しいことだった。ただし、早送りや巻き戻しに問題があり利用不可なので、再生の速度で最後までゆくしかないという悠長なことになっている。さして不便はないのでいいのだけど。カセットテープの音の懐かしさ。

彫刻家の豊田洋次さんから個展のお知らせが届いた。下の通り。



ART SPACE SOW草 川崎市幸区下平間144-51

https://kawasaki-city.art/art-spot/245/


(池田康)

2026年8月2日日曜日

地震のこと、そのほか

 熊本の地震は被害もひどいようでお見舞い申し上げたい。地震国である以上は地震が起こるのは仕方がないが、震度6とか7とかは勘弁してほしいものだ。

一昨日は神山睦美さんの書評研究会に出席、テキストは夏石番矢句集『見えない王冠』、俳句関係の方々でにぎやかだった。

NHKのプレミアムシアター(日曜深夜〜月曜早朝にBSで放映)、8月はワーグナー「ニーベルングの指環」の特集をするようだ。どんなプログラムになるんだろう?

野村眞里子さん(野村喜和夫さんのご伴侶)からロルカに焦点を当てたフラメンコ公演「沃野の月」の情報をいただいた。下のチラシをご覧ください。



(池田康)

2026年7月20日月曜日

酷暑の日々が始まる……

梅雨が終わり酷暑の日々が到来する。夜の寝苦しさは特に辛いが、布団を掛ける方も敷く方もごく薄いものに替えたらやや改善した。風呂も寝る前ではなくかなり早い時間にシャワーだけ浴びるのがよさそうだ。

今、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏をよく聴いている。ニコラス・アーノンクールが仲間と共に1953年に作ったアンサンブルを原点にした古楽器のオーケストラで、原語表記ではConcentus Musicus Wienとなる。バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトあたりまでの音楽。何がいいのだろうか?アーノンクールは普通の指揮者とはかなり違う強い個性を持った音楽家だが、このオーケストラも相当に独自色があるように思う。一つだけ言えば、響きに奥行きがあり、懐が深い。アーノンクール亡き後も活動を続けているようだ。

拙作「伝書」(詩集『ひかりの天幕』所収)を英語に訳したものをTim Taylor氏のブログで紹介していただいた。「Carrier Pigeon」、ご覧いただければ幸いだ。

https://timwordsblog.wordpress.com/2026/07/19/carrier-pigeon/

なお、洪水企画の英語の詩のブログHerb Port Studioでは、今年後半の詩のテーマを「animal」として進めている。こちらもご覧いただきたい。

https://hyoryukiroku.blogspot.com

サッカーのW杯が終わった。花形選手たちの活躍は華やかだったが、スペインがメッシやエムバペのチームに負けなかった、剛を制する柔の蹴球を見せてくれたのは刮目すべき出来事だった。

(池田康)

2026年7月2日木曜日

ここ数日の記録

ベランダの山百合が咲いた。強い芳香が室内にまで入ってくる。こんな立派な花を咲かせなければいけない具体的必要についてしばし考える。

ここ2ヶ月ほど、睡眠中に頭痛に悩まされることがよくあり、訝しく思っていたのだが、枕がいけないのではないかと思いつき、新しいものに交換したら、頭痛の発生はなくなった。これまで相当長い間使っていた古い方の枕は蕎麦殻を詰めたのもで、内部の蕎麦殻が変質していたのではないかと推測する。頭痛については、水を飲むべし、というアドバイスももらった。

一昨日、神山睦美氏主催の書評研究会に出席、対象は野村喜和夫著『萩原VS西脇 ──二十世紀日本語詩の可能性』で、長時間の議論にいろいろ啓発され、刺激を受け取ることができた。野村さんは真夏仕様の若々しいいでたちで、皆になんやかや言われていた。

みらいらん18号で動物の特集をやったことで今でもその関係の本をめくってみたりしているのだが、あるページに動物の分類法の表があり、人間は「霊長目・ヒト科・ヒト属」に分類されるとあった。しかし果たしてそれだけだろうか、「アホ科・ヨクバリ属」や「オニ科・サイコ属」に分類したほうがいいヒトもいるような気がするのだが、そのあたり生物学者は再考する動きはないだろうか・・・

(池田康)

2026年6月21日日曜日

みらいらん18号

みらいらん18号が完成した。


今回の特集は「動物の位相」。動物を眺める視線は、人間中心の世界観を離れ、生命の源へ遡る意識が伴う。人間の原罪の感覚、楽園を失った悲哀の感覚もそこにはあり、現代文明への批判ももちろんそこに兆す。そんなことを考えながら、計画した。詩では、小池昌代/八木幹夫/鈴木東海子/瀬崎祐/渡辺めぐみ/酒見直子のみなさんの作品を頂いた。また詩集や詩誌からの転載で中本道代/寮美千子/高山利三郎/秋元炯/二条千河のみなさんの作品を紹介することができた。エッセイは田口哲也・山本萠の両氏。また柴田千晶さんが動物の登場する俳句50句を選んで下さった。猫は複数の句に登場するがそれ以外は全て違った動物が詠まれていて、壮観だ。さらに「動物詩集」の試みとしてアポリネール、室生犀星、白石かずこ、村上昭夫といった詩人たちの仕事を紹介するページも設けた。文学からは外れるが科学の視点からの動物の本を紹介するページも作った(12冊、読むのが大変だった!)。近場の動物園や水族館にも足を運んだのも思い出深い。

巻頭詩は、四釜裕子/森川雅美/うるし山千尋/尾内甲太郎の皆さん。

巻頭の文学展望は夏石番矢さん。

また今号から野村喜和夫さんの連載エッセイ「詩脳は美術館にいます」が始まった。コーナータイトル通り、美術に関するエッセイとなる。第一回はこの春国立西洋美術館で展覧会が開かれていたリトアニアの画家チュルリョーニスについて。

ぜひご覧ください。

https://www.kozui.net/mln18.html

(池田康)

2026年6月13日土曜日

初夏の報告

ベランダの鉄砲百合が開花した。今年は6月9日。ちなみに去年は6月17日、一昨年は6月8日だった。鉄砲百合が咲くと夏が来たという感じがする。

目の調子が悪くなり、ほぼ半世紀ぶりに眼科を訪れた。治療しに来ている人の多さに驚く。最悪な診断結果ではなくて安堵したが、将来的な白内障の危険性云々という恐ろしげなことも言われてギョッとする。

みらいらん18号がもうすぐ出来上がる。特集は「動物の位相」。楽しみではあるが、世の中の動きがひたむきな物価上昇諸経費増大の方向なので、うちのような超零細は規模を小さくして身を守るしかなく、ページ数の減、部数の減、贈呈先の減という寂しい仕方で対処していくことになる、残念だが。

日本現代詩歌文学館(岩手)から催しの案内が届いた。下の通り。


https://www.shiikabun.jp/event/detail/1919.html

https://www.shiikabun.jp/event/contest/1914.html


(池田康)

2026年6月3日水曜日

秋元千惠子歌文集『想夫恋』

秋元千惠子さんのここ数年の短歌とエッセイを集めた歌文集『想夫恋』が洪水企画から出た。四六判上製、152ページ、税込2200円。発行日6月3日は6年前に亡くなった夫の貞雄さんの命日。「想夫恋」とは妻が夫を恋慕する琴歌があって、その思いを構想の手引きにしたとのこと。



準備に半年、編集に半年くらいかかった、長丁場の制作プロセスを経た一冊。

2021年刊行の作品集『生かされて 風花』以降の短歌作品とエッセイを収める。併せて、亡き伴侶・秋元貞雄のエッセイ5篇、これまでの歌集に収録されていないごく若い頃の短歌、最近歌誌「沃野」に掲載されたインタビューも収録。これはテレビ局に勤める歌人の武藤裕美さんが取材して記事にしたもので、とても上手にまとまっている。そして跋文に当たる文章は、俳人の北大路翼さんの「深なさけに感謝しつつ」。

今年の春に書かれた短歌の最新作〈無韻の館〉28首はここに収録した短歌作品の中でも力が漲っていて荘重な感じがある。そこから五首抜粋する。

 春ながら口つく侘び歌 人類の悪さ果なし 霏々と降る雪

 差し水に項を正すシクラメン現し身われのいのち渇くも

 創世ゆ生命の連鎖憶うべし希有にし生れしを危めるなかれ

 瀕死なる地球を診ずや 為政者の命運尽きるも 短歌は活きよ

 令和はや募る災禍よ俯瞰するビル累々の戦火の墓標


(池田康)

2026年6月2日火曜日

虚の筏38号

「虚の筏」38号が完成した。参加者は、小島きみ子、神泉薫、生野毅、二条千河、海埜今日子、平井達也、久野雅幸のみなさんと、小生。今回は少しお遊びの要素も入っているがお気づきいただけるだろうか。

https://www.kozui.net/soranoikada38.pdf

虚の筏のバックナンバーは下記のリンクからご覧下さい。

https://www.kozui.net/soranoikada.html


「みらいらん」次号(夏号)はすでに編集を終え、印刷所に入れた。今月中にできる見通しだ。

(池田康)

2026年5月30日土曜日

横浜の動物園

「みらいらん」次号の動物特集の一環で、今週は野毛山動物園、よこはま動物園ズーラシアを訪れた。

野毛山動物園はJR桜木町駅あるいは京急日ノ出町駅から歩いていくのだが、途中の野毛坂がきついので体力的に自信のない方はバスを使うといいかもしれない。歩いていく場合の地図をお見せする。知らない場所に行く時は大抵こんな手描きの地図を携えていく。



ズーラシアは相鉄線三ツ境駅または鶴ヶ峰駅からバスで15〜20分、正門前まで連れて行ってくれる。

見てまわる時間は、野毛山は1時間ほど、ズーラシアは広いので2時間はかかる。木々が鬱蒼と茂っていて散策するのにいいが、暑い日は途中で食事をとったり休憩を入れるのが良いようだ。訪れた日は小学生の団体で賑わっていた。

ズーラシアで最初に出会う動物、象の写真をご覧いただきたい。



(池田康)

2026年5月25日月曜日

鉄砲百合のこと、ほか

近所の道端の鉄砲百合はもう咲き始めている。随分と気が早い。うちのベランダの鉄砲百合はまだ蕾らしき小さな塊が見えるようになってきたばかりだ。それでも来月には咲くのだろう。球根を植木鉢に収めてから三年目の夏。

土曜日には同人誌「詩素」の会合があり、久しぶりに大人数で集まった。はるばる遠距離を超えてきた人も何人かいて頭が下がることだった。主な議題は、次号からの運営の新方針についての意見交換。表紙も含めて、少し変化が出てきそう。

この会合の前の午前中にTAKE NINAGAWA(東麻布)で開催中の吉増剛造さんの個展を見た。ギャラリーの方が丁寧に説明して下さり、ありがたいことだった。吉本隆明のテキストを小さな字で筆写してさらに着色をほどこした近年の作品や、ジョナス・メカス関連の作品も。

土曜日の朝の十時台はいつもこうなのか、往路の上り電車が妙に混んでいたのがちょっと驚きだった。都心を走る地下鉄の車内はほどよく空いていた。

(池田康)

2026年5月15日金曜日

吉増剛造さんの個展の案内ほか

 製菓会社カルビーがポテトチップの袋を白黒印刷に変更する計画というニュースは、インクの品薄への対策という域を超えて、現在の情勢に反応した一つの表現になっているように感じた。デモ行進と同じくらい、あるいはそれ以上の効果がありそうだ。

詩人の吉増剛造さん(87)が、英米で新しく創設された、「サーペンタイン×FLAG美術財団賞」の第1回受賞者に選ばれたとのこと。文学ではなく美術関連の賞のようだ。おめでとうございます。その吉増さんの個展「ジョナス・メカス/吉増剛造」が東京都港区東麻布のTAKE NINAGAWAで開かれる。会期は明日から7月11日まで。

https://www.takeninagawa.com

それからAyuoさんのコンサートの情報。ライブ『イラン、中央アジアの音楽、その他』、6月27日に表参道のLive space ZIMAGINE、19時スタート。

https://zimagine.genonsha.co.jp


今日は往復200kmを超える遠出、帰宅して、膝ががくがくしている。


(池田康)

2026年5月5日火曜日

詩素20号ほか

 詩素20号が完成した。

今回の参加者は、海埜今日子、大橋英人、坂多瑩子、酒見直子、沢聖子、大家正志、高田真、南原充士、新延拳、二条千河、野田新五、肌勢とみ子、八覚正大、平井達也、平野晴子、深澤眞歩、南川優子、八重洋一郎、山中真知子、山本萠、吉田義昭のみなさんと、小生。

ゲスト〈まれびと〉は、長嶋南子さん。

巻頭は、池田康「大水」、酒見直子「きせつ」、吉田義昭「海の奇跡」。

表紙の詩句は、エミリー・ディキンスン(私は無名の……)。

裏表紙の絵は野田新五さん作。

ぜひご覧下さい。

詩素バックナンバー:

https://www.kozui.net/siso.html





先月末から今月初めにかけて、神山睦美著『共苦─コンパッション』を主題とする書評研究会に参加し、そしてピアニストの高橋アキさんのモートン・フェルドマン作品ばかりを演奏するリサイタルに赴いた。これらについては「みらいらん」次号に少し書きたいと思っている。

彫刻家、豊田洋次さんの参加する展覧会の案内が来ている。会期は昨日から10日まで。下記の通り。



そして、南原充士さんがエッセイ集『価値観の研究』をアマゾンKindleで刊行した。

www.amazon.co.jp/dp/B0GX2ZT4V4


(池田康)

2026年4月12日日曜日

山本萠さんの個展

昨日、国分寺のくるみギャラリーでの山本萠さんの個展(13日まで)を見に行った。詩歌や文字を書いた書作品が目立った。「沙」の作品など字の形が非常に朧になっていて抽象水墨画の趣。天気の良い土曜日の午後だったので訪問客も多く、詩素メンバーの高田真さん、肌勢とみ子さんとも会うことができた。高田さんは目を悪くしていて三年ほど会えてなかったが、お元気そうで安堵。西国分寺駅の立ち食い寿司屋を知る。


ついでに、到来している催しの情報を二つ。

土渕信彦さんの京都のギャラリー「点」の新しい展覧会のお知らせ、下記の通り。店の住所は、京都市東山区石泉院町405番地2

https://galleryten-kyoto.com



それから、ピアニストの高橋アキさんのリサイタルが5月2日に開催される。モートン・フェルドマン特集。開演14時で、その30分前からプレトークがある(柿沼敏江氏と)。会場は神奈川県立音楽堂。一般四千円。終演予定時間が18時になっており、かなり長いリサイタルのようだ。

(池田康)

2026年4月5日日曜日

横須賀での句会

昨日の雨をものともせず、近所の川沿いの桜並木は今日あたりが満開のようだった。

昨日、横須賀にて句会を開催した。柴田千晶さんが講師。14名参加のうち、半分は詩の書き手、半分は柴田さんの俳句仲間。俳句に専心する人たちの余裕綽々の底力が明らかに結果に出て、詩を弄ぶ輩をじんわりと寄り切った感じだ。スカジャンを詠み込んだ句が多かったので、横須賀の人は皆スカジャンを持っているのですかと訊いてみたら、案外そうでもないらしかった。

句会前の散策は風雨のため中止になったが、一人で少し歩いてみた。横須賀は初めてで、駅からすぐの港に軍艦や潜水艦が数多く停泊している光景はまさに異世界だ。下はこの日撮った写真の一枚。ドブ板通り。



さて全く別の話題。

プロ野球セ・リーグ、中日ドラゴンズが開幕5連敗をしてそのあとようやく1勝した。その試合に完投し勝利投手となった大野雄大が、5連敗の後に自分の番が回ってきた心境について、「ほんまに頼むわ」と思ったと語ったそうな……そんな報道を読んで、笑ってしまったのだが、これはUSAの今の大統領に言いたいセリフだ。世界中の新聞が第一面に大きな文字で「ほんまに頼むわ」と書くのがよいかと。大統領の優秀な側近がこの関西弁のニュアンスをうまく通訳してくれることを期待して……いやいやそこまで優秀な側近はいないか。

(池田康)

2026年3月29日日曜日

二つのテレビドラマとドン・ジョヴァンニ

7年ほど前に小研究を試みて以来深い関心をもって注視している女優・志田未来の主演ドラマ「未来のムスコ」がこの冬期に放映されたので楽しみに見ていた。この人は助演でもよく出ているが、主演のときの方が人間の奥行きの隈を覗かせる瞬間が多いので、ありがたい。またこちらも魅力ある若手女優・杉咲花主演のドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」も同時期にあり、しかも映画監督の今泉力哉が脚本・監督を務めるということなので、やはり興味津々視聴した。

この二つのドラマは共通点がいくつもある。女主人公が恋愛要素ぶくみで複数の男と近づいたり離れたりする点、文化芸能にかかわる仕事をしている点(俳優・小説家)、二十代から三十代へ(青年期から壮年期へ)と向かう敷居のような時期に立っている点、重鎮クラスの俳優をほとんど使わずドラマの重心がふわっと高めになっている点。東京に暮していながら偶然にもどちらも故郷は富山という点も共通する。ただ、ドラマとしての色合い、性格は相当に違い、志田作品はSFコメディ寄り、杉咲作品はやや奔放でアンニュイな街ロマンス。

さて、「冬のなんかさ、春のなんかね」はモーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」と比べてみたい気がする。ドン・ジョヴァンニほど派手にではないが、主人公の土田文菜は(基本いい子に見えるが)男Aから男Bへ、そして男Cへと蝶のように風のように移動する。カラヤンとベルリン・フィルが実力派キャストを揃えて1985年に録音した「ドン・ジョヴァンニ」のCDの付録冊子には、主人公の名前の脇に「ふしだらな若い貴族」と添え書きがある。これは土田文菜にも似合いそうな言葉だ。小説家という職業はどこか貴族のようなイメージがなくもない。漱石の言葉を借りれば高等遊民となるだろうか。このドラマを見ていると小説家ってすれっからし(&心を病みがち)だなあと思えてくるのだが、もともとの発想の原点では映画監督、映画人なのかもしれず、その方がどちらかというとありえそうな気もする。

「ドン・ジョヴァンニ」では、周知の通り、主人公が殺した騎士長(ドンナ・アンナの父)の幽霊が石像の形を借りて登場し、主人公と対峙する。これについて、とくに物語の最後の決着については、是非があるところだろうが、石像が登場することによってこの世俗的女たらし物語に締まりが与えられるのは間違いない。石像はあの世からこの世への闖入者であり、このやくざな艶聞譚を宇宙の座標に定位させる聖なるピンである。

この石像に当たるものが「冬のなんかさ、春のなんかね」にはないように見える。あった方が作品にアクセントができ引き締まるようにも思われるのだが、そういう超越的なものを持ち込まないという今泉力哉の作品思想が働いているのだろうか。それも一つの立派な考え方、姿勢だが、かつて「静劇は、静劇のままであれば、単なる静劇にすぎない」とナンセンスな同語反復の戯言を書いたことがある私としては、気になるところだ。強いて言えば、出現して程なくむなしく消える空色のマフラーが石像に当たるか。この小道具はおっかない凶器のようでありとても効果的。マフラーが一瞬恐怖の石像に見えるとしたらこれはマジックだ。ついでにもう一つ言えば、小太郎(岡山天音)は幾分か従者レポレッロの役割を担っているように見える。そして男たちが少し間が抜けていたりヘンテコだったりの奇矯な善良さがこのドラマの世界をパステル画のように柔和にしている。

「未来のムスコ」には色狂いの要素はないが、「ドン・ジョヴァンニ」の石像に当たる要素が組み込まれている。主人公の汐川未来のもとに、十年後の未来から自分の息子颯太がやってくるという超越的なSF設定がそれだ。異世界からの闖入者。ただ、「ドン・ジョヴァンニ」の石像は主人公と敵対する存在だったのに対し、こちらのムスコは主人公にとって守護神のような存在であり、導きをもたらす。しかしそれとともにとんでもない生活上の苦労も主人公に負わせ、社会的底辺にいる彼女は圧し潰されそうにもなる。このムスコは、あえて言い換えるなら、思いがけなく訪れる巨大な「ヴィジョン」であり、それを受け入れるか、どう関わるかは本人次第だ。ドン・ジョヴァンニは石像によって破滅的結末へと導かれるが、汐川未来はかわいいけれど世話の焼けるムスコによって予定されているはずの明るい世界へと導かれるのだろう、という予想は少し裏切られ、明るい色調が支配するドラマではあるが、最終局になってこのムスコが悲劇性を帯びていることがわかり、強烈なブルーが描き込まれ、絵全体にささやかな厳粛をもたらしている。

「冬のなんかさ、春のなんかね」では恋愛の危険な毒に酔わされることになるのに対し、「未来のムスコ」は悪人が出てくるわけでもなく、ドラマの基本的性格の限定ゆえ毒の要素は薄い。3年前の「勝利の法廷式」(弁護士役)のほうが悪の領域の近接、濃い毒の要素があって、その分表現される精神的深淵の色合いもぞくりとするダークさを帯びていたように思う。主人公自身が強烈な悪徳である「ドン・ジョヴァンニ」は、ベートーヴェンも嫌ったというが、なかなかなさそうな特殊な物語かもしれない。それでも主人公が悪を抱えるケースは、「罪と罰」「異邦人」「金閣寺」などあるにはあり、世界を逆さに切断して捉える一つの有力な方法と言えそうだ。

富山に関しては、富山弁は「未来のムスコ」のほうが濃く、富山の映像は「冬のなんかさ、春のなんかね」が見応えあった。


追記。カラヤンはベルリンフィルと録音したあと、翌々年の1987年にほぼ同じキャストでウィーンフィルとザルツブルグ音楽祭で同作を上演しており、DVDで視聴することができる。

追記2。「未来のムスコ」は劇団活動が中心にあるが、ドラマの中に舞台を持ち込む劇中劇の形は、劇の全体をやる訳にはいかないから、映えるようにするのは簡単ではない。昨秋の三谷幸喜脚本のドラマにも舞台を映し出すシーンがあったが、暗闇に始まり暗闇に終わる演劇は巨大な夢そのものであり、舞台装置、衣装、照明、音響を駆使して舞台の一シーンを宝石にまで磨き上げないと説得力が不足するという難しさがある。そういえば映画「陽炎座」、「国宝」、「木挽町のあだ討ち」も舞台シーンを重要な要素として組み込んでいた。いずれにしても、本筋と有機的に絡み合っていると、それだけ効果が上がるようだ。

追記3。これは蛇足だが。志田未来が出演している最近の映画「ほどなく、お別れです」は葬式の宗教的対話のチャンネルが可視化される感じ、死と大地がつながる感覚がある。棺を大風景の中に置くシーンは、我々の現在の生活風習からすればデペイズマン効果があり、どことなくマグリット絵画の趣になっていて、この映画の発明と思われた。

(池田康)

2026年3月24日火曜日

横超忌ほか

昨日の午後、吉本隆明を偲びその文学・思想について語る「横超忌」が神山睦美さん主導のもと開かれ、参加した(池袋の東京芸術劇場ミーティングルーム)。吉増剛造・佐藤幹夫・生野毅の三氏の話がメインとなる。吉本隆明の手紙の言葉に感じられる素の存在感や根源的な仕草(吉増さん)、吉本隆明と三島由紀夫を幼年時代からの生い立ちをベースに比べてみる試行(佐藤さん)、吉本隆明が敵対的発言をするときの非常識なまでのきつさ残酷さとその背景(生野さん)、かい摘みすぎだが、およそこのような内容だった。最後に神山睦美・三上治両氏の挨拶で散会となった。

会の終了後、新宿へ。実はこの日の午前に新宿の紀伊国屋書店を訪れていたのだが、壁の貼り紙に、タカシマヤタイムズスクエア南館の6階に洋書専門の支店「Books Kinokuniya Tokyo」があると案内されていたのを目にして、ぜひすぐに行ってみたくなり、夕方に足を運んだというわけ。店内はかなり広く、充実している。主にフランス語の本のコーナーを見ていたのだが、ボードレールやランボーの詩集は平積みにされ、プルーストの主著やモーリス・ラヴェルの書簡集の巨大なブロックのような本も置いてある。アゴタ・クリストフの『Le grand cahier』と詩のアンソロジーの豆本(12×8.5センチ)を購入。前者については著者紹介の文章に「elle」とあるので、この人は女性だったのかと気づく、まことに迂闊な次第。それにしてもこれだけの洋書の品揃え(約12万冊だとか)は、再販制度外であるとすれば維持が大変そうで、日本人で関心のある人たちが客になるだけでは足らず、海外から移住してきて日本に暮らす人たちがこの店を知って利用する必要があるのではないか、そんな気がした。

(池田康)

2026年3月17日火曜日

井上直さんの個展ほか

先週末には井上直個展へと足を運んだ(銀座・コバヤシ画廊)。「それでも我らは星を見る」大きいサイズ3枚と小さい作品5枚ほど。〈宇宙+インターネット+星座文字+郷愁〉の意欲作だった。

先日書いた父遺品のカメラだが、リチウム電池を新調したら正常に動いた。下はそれで撮った一枚。このカメラの目は空をとても青く写す。


ついでに。

最近、マックPCのOSをヴァージョンアップした(Tahoe)が、いろいろ小さな変更に戸惑うその一つとして、絵文字と記号の文字表から欧米の文字が消えていた。アクセント記号などがついた字を探すとき、これは不便。また依然として連絡先ソフトの文字が小さい(大きく表示できない)のも不便。これを見て封筒に宛名を書くという用途を想定していないらしい。

(池田康)

2026年3月4日水曜日

規格の特殊性に直面する

税務署へ出す申告書類の作成という重い重い「冬休みの宿題」をようやく終えて、一息ついたところ。毎年のことながら、一年の間があくと大事な点をいろいろ忘れてしまっていて、迷い惑い、やることになる。

さて、つまらない探し物でいつもは覗きもしない場所を探っていたら、亡父のカメラが出てきた。オリンパスのμ40というかなり昔のデジタルカメラだ。作動しない。電池が切れているらしい。動かしてみようと思いたったのだが、充電型電池がメーカーオリジナルのもので、記憶カードの形状も特殊、USBコードのプラグ・ジャックも特殊で、現在の汎用から外れた「規格の相違」の問題に直面し、たまに起こるこの「あるある」にたじろいだ。言語が違う、に似ている。とりあえずUSBコードや充電器を調達してみようか・・・

山本萠さんの個展の案内が届いた。次のとおり。今回は書の作品が多いらしい。




それから井上直さんの個展の案内も届いている。次のとおり。井上さんは「みらいらん」15号でインタビューしている。



(池田康)

2026年2月21日土曜日

最近のあれこれ

 毎日新聞2月17日夕刊に神山睦美さんのインタビュー記事が出た。昨年の『共苦─コンパッション』に基づく質問に対してたくさん語っておられる。ぜひご覧ください。

さて4月初めに句会をすることになり(講師は柴田千晶さん)、出す句を作らねばと思っていると、なんとなくそれらしきものが浮かんでくるのが不思議だ。しかし素人の泣きどころは季語で、無季になってしまうか、入れたとしてもごくありきたりな季語で、成功という感じは全くない。詩人界隈の句会だからうるさく咎められることはないのだが。

「みらいらん」夏号は動物の特集を考えていて、今、その関係の本をあれこれ読んでいるが、知らないことばかりで、目覚ましい(思わず転生したくなる?)刺激をもらっている。ただ、いくらでも書くことがあるのか、とても厚い本が多い。これは若干閉口だ。

八木幹夫さんと野村喜和夫さんが西脇順三郎について対話するイベントのお知らせが届いているので下に掲載しておく。



(池田康)