2026年9月1日火曜日

「沃野の月」のことなど

最近びっくりした体験を一つ書くと、先週のある日の午後、幻覚を見た。現実の時空とつながらない光景を錯視するのは気味の悪いことだった。何が引き金だったのか。料理に使ったぶなしめじの中に変なキノコが混じっていたのか、新しく届いた印刷物のインクなどの成分がいけなかったのか、それとも散歩中に何かおかしなものを体内に取り込んだのか。

日曜日、天王洲の銀河劇場で、野村眞里子さんプロデュースのフラメンコ公演「沃野(ベガ)の月」を観た。スペインのフェデリコ・ガルシア・ロルカをテーマにした舞踊。ロルカは昔、戯曲をいくつか読んだことがあり、イプセンやチェホフとは違った、いきなり核心へと向かうような直裁な書き方に強い印象を受けたことがある。1936年8月、38歳で銃殺されるという最期も衝撃的だ。スペインのフランコ政権は1975年まで続いたというからヨーロッパでも特殊な近現代史を持つ国と言えるのだろう。フラメンコはとても独自色の強い舞踊・音楽の文化で、その濃密な個性に気圧される。アフリカのリズムやアラビアの感受性、ロマ族の香りも混ざり合っているのだろうか。ロルカの死にあたると思われる部分のソロ舞踊(アルベルト・セジェス)がことに強烈なパフォーマンスだった。野村眞里子さんの夫君の野村喜和夫さんのロルカを想う詩の朗読もあった。こういう舞台作品も、実生活の時空とつながっておらず、その意味で幻覚に近いものであり、くらくらする体験だ。

ついでに。土渕信彦さんの京都のギャラリーの新しい企画展示の案内が届いた。下の通り。


(池田康)

2026年8月18日火曜日

晩夏へ

晩夏が近づいてきた。暑さに耐えて、というよりも普通に淡々とやり過ごす感じになってきており、夜も特に寝苦しさはない。大きめのだぶだぶのTシャツを着る、風と戯れるような楽しさを発見した夏だった。

今、教科書のような本を少しずつ読んでいるのだが、こういう書物は一生懸命読んでいてもついつい眠くなる。どうしても寝付けないという人には教科書の類を読むことをお勧めしたい。そのほかの策としては、寝床で小さい音で音楽を聴く(20分くらいで寝られる)、明るいうちに大いに動き回り適度な疲れを得て寝る、くらいが有効だろうか。薬も酒もいらない。

うちの音響設備の中で、おんぼろカセットデッキは長い間使っていなかったが、最近必要あって使ってみたらちゃんと録音・再生できて、嬉しいことだった。ただし、早送りや巻き戻しに問題があり利用不可なので、再生の速度で最後までゆくしかないという悠長なことになっている。さして不便はないのでいいのだけど。カセットテープの音の懐かしさ。

彫刻家の豊田洋次さんから個展のお知らせが届いた。下の通り。



ART SPACE SOW草 川崎市幸区下平間144-51

https://kawasaki-city.art/art-spot/245/


(池田康)

2026年8月2日日曜日

地震のこと、そのほか

 熊本の地震は被害もひどいようでお見舞い申し上げたい。地震国である以上は地震が起こるのは仕方がないが、震度6とか7とかは勘弁してほしいものだ。

一昨日は神山睦美さんの書評研究会に出席、テキストは夏石番矢句集『見えない王冠』、俳句関係の方々でにぎやかだった。

NHKのプレミアムシアター(日曜深夜〜月曜早朝にBSで放映)、8月はワーグナー「ニーベルングの指環」の特集をするようだ。どんなプログラムになるんだろう?

野村眞里子さん(野村喜和夫さんのご伴侶)からロルカに焦点を当てたフラメンコ公演「沃野の月」の情報をいただいた。下のチラシをご覧ください。



(池田康)

2026年7月20日月曜日

酷暑の日々が始まる……

梅雨が終わり酷暑の日々が到来する。夜の寝苦しさは特に辛いが、布団を掛ける方も敷く方もごく薄いものに替えたらやや改善した。風呂も寝る前ではなくかなり早い時間にシャワーだけ浴びるのがよさそうだ。

今、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏をよく聴いている。ニコラス・アーノンクールが仲間と共に1953年に作ったアンサンブルを原点にした古楽器のオーケストラで、原語表記ではConcentus Musicus Wienとなる。バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトあたりまでの音楽。何がいいのだろうか?アーノンクールは普通の指揮者とはかなり違う強い個性を持った音楽家だが、このオーケストラも相当に独自色があるように思う。一つだけ言えば、響きに奥行きがあり、懐が深い。アーノンクール亡き後も活動を続けているようだ。

拙作「伝書」(詩集『ひかりの天幕』所収)を英語に訳したものをTim Taylor氏のブログで紹介していただいた。「Carrier Pigeon」、ご覧いただければ幸いだ。

https://timwordsblog.wordpress.com/2026/07/19/carrier-pigeon/

なお、洪水企画の英語の詩のブログHerb Port Studioでは、今年後半の詩のテーマを「animal」として進めている。こちらもご覧いただきたい。

https://hyoryukiroku.blogspot.com

サッカーのW杯が終わった。花形選手たちの活躍は華やかだったが、スペインがメッシやエムバペのチームに負けなかった、剛を制する柔の蹴球を見せてくれたのは刮目すべき出来事だった。

(池田康)

2026年7月2日木曜日

ここ数日の記録

ベランダの山百合が咲いた。強い芳香が室内にまで入ってくる。こんな立派な花を咲かせなければいけない具体的必要についてしばし考える。

ここ2ヶ月ほど、睡眠中に頭痛に悩まされることがよくあり、訝しく思っていたのだが、枕がいけないのではないかと思いつき、新しいものに交換したら、頭痛の発生はなくなった。これまで相当長い間使っていた古い方の枕は蕎麦殻を詰めたのもで、内部の蕎麦殻が変質していたのではないかと推測する。頭痛については、水を飲むべし、というアドバイスももらった。

一昨日、神山睦美氏主催の書評研究会に出席、対象は野村喜和夫著『萩原VS西脇 ──二十世紀日本語詩の可能性』で、長時間の議論にいろいろ啓発され、刺激を受け取ることができた。野村さんは真夏仕様の若々しいいでたちで、皆になんやかや言われていた。

みらいらん18号で動物の特集をやったことで今でもその関係の本をめくってみたりしているのだが、あるページに動物の分類法の表があり、人間は「霊長目・ヒト科・ヒト属」に分類されるとあった。しかし果たしてそれだけだろうか、「アホ科・ヨクバリ属」や「オニ科・サイコ属」に分類したほうがいいヒトもいるような気がするのだが、そのあたり生物学者は再考する動きはないだろうか・・・

(池田康)

2026年6月21日日曜日

みらいらん18号

みらいらん18号が完成した。


今回の特集は「動物の位相」。動物を眺める視線は、人間中心の世界観を離れ、生命の源へ遡る意識が伴う。人間の原罪の感覚、楽園を失った悲哀の感覚もそこにはあり、現代文明への批判ももちろんそこに兆す。そんなことを考えながら、計画した。詩では、小池昌代/八木幹夫/鈴木東海子/瀬崎祐/渡辺めぐみ/酒見直子のみなさんの作品を頂いた。また詩集や詩誌からの転載で中本道代/寮美千子/高山利三郎/秋元炯/二条千河のみなさんの作品を紹介することができた。エッセイは田口哲也・山本萠の両氏。また柴田千晶さんが動物の登場する俳句50句を選んで下さった。猫は複数の句に登場するがそれ以外は全て違った動物が詠まれていて、壮観だ。さらに「動物詩集」の試みとしてアポリネール、室生犀星、白石かずこ、村上昭夫といった詩人たちの仕事を紹介するページも設けた。文学からは外れるが科学の視点からの動物の本を紹介するページも作った(12冊、読むのが大変だった!)。近場の動物園や水族館にも足を運んだのも思い出深い。

巻頭詩は、四釜裕子/森川雅美/うるし山千尋/尾内甲太郎の皆さん。

巻頭の文学展望は夏石番矢さん。

また今号から野村喜和夫さんの連載エッセイ「詩脳は美術館にいます」が始まった。コーナータイトル通り、美術に関するエッセイとなる。第一回はこの春国立西洋美術館で展覧会が開かれていたリトアニアの画家チュルリョーニスについて。

ぜひご覧ください。

https://www.kozui.net/mln18.html

(池田康)

2026年6月13日土曜日

初夏の報告

ベランダの鉄砲百合が開花した。今年は6月9日。ちなみに去年は6月17日、一昨年は6月8日だった。鉄砲百合が咲くと夏が来たという感じがする。

目の調子が悪くなり、ほぼ半世紀ぶりに眼科を訪れた。治療しに来ている人の多さに驚く。最悪な診断結果ではなくて安堵したが、将来的な白内障の危険性云々という恐ろしげなことも言われてギョッとする。

みらいらん18号がもうすぐ出来上がる。特集は「動物の位相」。楽しみではあるが、世の中の動きがひたむきな物価上昇諸経費増大の方向なので、うちのような超零細は規模を小さくして身を守るしかなく、ページ数の減、部数の減、贈呈先の減という寂しい仕方で対処していくことになる、残念だが。

日本現代詩歌文学館(岩手)から催しの案内が届いた。下の通り。


https://www.shiikabun.jp/event/detail/1919.html

https://www.shiikabun.jp/event/contest/1914.html


(池田康)