2026年3月4日水曜日

規格の特殊性に直面する

税務署へ出す申告書類の作成という重い重い「冬休みの宿題」をようやく終えて、一息ついたところ。毎年のことながら、一年の間があくと大事な点をいろいろ忘れてしまっていて、迷い惑い、やることになる。

さて、つまらない探し物でいつもは覗きもしない場所を探っていたら、亡父のカメラが出てきた。オリンパスのμ40というかなり昔のデジタルカメラだ。作動しない。電池が切れているらしい。動かしてみようと思いたったのだが、充電型電池がメーカーオリジナルのもので、記憶カードの形状も特殊、USBコードのプラグ・ジャックも特殊で、現在の汎用から外れた「規格の相違」の問題に直面し、たまに起こるこの「あるある」にたじろいだ。言語が違う、に似ている。とりあえずUSBコードや充電器を調達してみようか・・・

山本萠さんの個展の案内が届いた。次のとおり。今回は書の作品が多いらしい。




それから井上直さんの個展の案内も届いている。次のとおり。井上さんは「みらいらん」15号でインタビューしている。



(池田康)

2026年2月21日土曜日

最近のあれこれ

 毎日新聞2月17日夕刊に神山睦美さんのインタビュー記事が出た。昨年の『共苦─コンパッション』に基づく質問に対してたくさん語っておられる。ぜひご覧ください。

さて4月初めに句会をすることになり(講師は柴田千晶さん)、出す句を作らねばと思っていると、なんとなくそれらしきものが浮かんでくるのが不思議だ。しかし素人の泣きどころは季語で、無季になってしまうか、入れたとしてもごくありきたりな季語で、成功という感じは全くない。詩人界隈の句会だからうるさく咎められることはないのだが。

「みらいらん」夏号は動物の特集を考えていて、今、その関係の本をあれこれ読んでいるが、知らないことばかりで、目覚ましい(思わず転生したくなる?)刺激をもらっている。ただ、いくらでも書くことがあるのか、とても厚い本が多い。これは若干閉口だ。

八木幹夫さんと野村喜和夫さんが西脇順三郎について対話するイベントのお知らせが届いているので下に掲載しておく。



(池田康)

2026年2月11日水曜日

無限ループの愉悦

このあいだ横浜へ行った時にタワーレコードでたまたまギタリストのマヌエル・バルエコのCD11枚入りボックスセットを見つけて、四千円弱と安かったので購入した。前からこのギタリストのCDを1枚持っていて好きで何度も聴いていたので、未知の11枚の音世界に期待したのだった。今、とっかえひっかえ聴いているが、何がどうとはっきりした話は難しいのだけれど、お馴染みのギター曲のレパートリーをしっかりした演奏で次々に聴いていくのは心地よい。アルベニス、ロドリーゴ、ソル、ヴィラ・ロボスなどなどギター曲の作曲家にまじって、ビートルズ、バッハとモーツァルトも重要なレパートリーとなっている。クラシックギターの音楽世界はこうして見渡してみるとかなりいろいろで、飽きずに延々と聴いていられる。11枚もあるので、またかという感じにはならず、これだけを繰り返し聴いていても問題なく、無限ループが可能だ。

そこから出ることなく延々とループして飽きないということでは、話が音楽から逸れるが、住む地域についても言えるかもしれない。狭く限定された範囲にいろいろ店や施設や自然があってその中だけで暮らしていて十分楽しいという地域は幸福度が高そうだ。とはいえ首都圏のようにあまりごみごみしすぎていると逆にそのことが嫌になってくるという可能性もあるが。

個々の歌手では、その人だけ聴いていれば十分という話にはなかなかなりにくい。「みらいらん」17号で取り上げたポール・サイモンなどは、初期のデュオの世界、ワールド・ミュージックの時代、映画やミュージカル関連の楽曲、人生の晩期を思念する詩と、多彩さがあるから相当可能性が大きい。しかし歌は男声と女声があるので、男の声ばかり聴いているとやがて女性歌手を聴きたくなり、そこで無限ループが破れることになる。

作曲家単位で言えば、ベートーヴェンとかストラヴィンスキーとかは重すぎたり個性的すぎたりして不適だろうか。やはりバッハやモーツァルトが一番の無限ループ候補になるだろう。しかし彼らは十九世紀以降の芸術家的作品概念とは違った姿勢で創作していた節があるから、曲数が多すぎてダメ、という贅沢な問題も生じてきそうだ。聴いても聴いても一巡目が終わらず、途方に暮れる。こじんまりした中での親密さも要点かもしれず、そうなるとショパン弾きがショパンばかり弾いているとかマーラーファンがマーラーの交響曲だけで無限ループしているとかのが、やや病的だがユニークに濃い愉悦が得られそうだ。

人間の愛憎も範囲が狭くなるほど無限ループのエキセントリックな蜜が濃厚になるのかもしれまい。

ある程度狭いエリアでの健全で満ち足りた無限ループ……が望ましい?

(池田康)


追記

CD付属の冊子によると、マヌエル・バルエコは1952年キューバ生まれ、10代の時にアメリカに移り、プロの音楽家の生活を始めたとのこと。

2026年1月26日月曜日

ラインの黄金

政治の世界が騒がしい。解散ボタンは総理大臣の執務室に設置してはならない、設置するなら富士山よりも高い場所にすべしと一級建築士の奥義の巻物に明記しておいてほしいものだ。そもそも政治家はラインの黄金の存在を信じる人たちだから、錯覚であれ黄金の光がかすかにでもちらつくと騒がしくなるのは致し方ないのかもしれないが。

一昨日、ワーグナーの「ラインの黄金」鑑賞会を盛大に、ではなくごくごく少人数で行った。アルベリヒの呪い、ローゲの寸鉄が鋭く尖った。二次会で話題になったのだが、新国立劇場での新作プロダクションはぜひテレビ放映してほしいものだ。WOWOWはメトロポリタン歌劇場のライブビューイングを全部ではないがいくつか選んで放送しており、新作は積極的に取り上げている。NHKも(民放でもいいが)新国立劇場の新たな成果を紹介する労の価値を検討してほしいものだ。

夢野久作の時代小説五篇を集めた『妖刀地獄』(河出文庫)をいま読んでいる。その中の一篇「名君忠之」に「……天下の勢を引き受けて一戦してみようと仰られる事は必定じゃ。大体、主君の御不満の底にはソレが蟠まっておるでのう。その武勇の御望みが、御一代押え通せるか、通せぬかが当藩の運命のわかれ道……」という一節があった。なんだか焦ったい気がしないでもないが、そのような処世の思考法もあるのかと学んだことだった。

(池田康)

2026年1月20日火曜日

壁画15号

個人誌「壁画」15号を制作した。下記リンクからご覧ください。

https://www.kozui.net/artnote/hekiga/hekiga15.pdf


ついでに。

日曜日には、みらいらんの表紙の画像オブジェでお世話になっている豊田洋次さんの参加する現代美術の展覧会「知の実験場」(立川の国営昭和記念公園・花みどり文化センター)に行った。良い日和で、たくさんの人が公園に集まっていた。刺激のある美術作品が広いスペースに散らばっていて、スペース込みで楽しめる。豊田さんの作品は「われるそら」、銀の本体に思い切って色のついた背景を加えたと語っていた。色は氏にとって高いハードルらしい。会期は2月1日まで。

八王子経由で行ったのだが、八王子駅の中央線のホームで快速電車を待っていると、機関車ブルーサンダーが十数台の石油タンク車を牽引してきて、通過するのかと思ったら、大きな音を立ててすぐ目の前に停車したのには、何事かと、突如オバケが現れたような感じがして驚いた。

(池田康)

2026年1月11日日曜日

虚の筏37号

 「虚の筏」37号が完成した。

https://www.kozui.net/soranoikada37.pdf

参加者は、生野毅、伊武トーマ、酒井直子、久野雅幸、神泉薫、平井達也の皆さんと、小生。

上のリンクからご覧ください。


それから、追加情報として。

「みらいらん」で音楽ページを連載してくださっている伊藤祐二さんの奥様のピアニスト・井上郷子さんのリサイタルのお知らせが届いた。3月1日で、詳細は下記の通り。



(池田康)

2026年1月7日水曜日

正月の過ごし方

 今年の正月はそれらしいことを特にせずに過ごすかと思っていたが、大晦日にスーパーマーケットに行ったらいろいろ売っていたので、黒豆やニシンの昆布巻きや餅をついつい買ってしまった。それでなんとなく正月気分に染まる。仕事を離れて、映画を見たり、散歩をしたり。岬多可子さんは毎年年初めに合わせて小詩集の冊子を作られるようで、今年も年賀状がわりのそれが届けられた。掌詩集『草の日月』。その中から一篇「燎原」を紹介したい。


往きたい

けれど 往けない 隧道の

入口 その上からも

野そのものの

野が垂れて


葛の荒れ

むらさき色に香る発火を

数えるより早く

蔓は獣の力だ

足首を搦め捕られる


燃えひろがる

かぎりのなさに

ほんすじも えだみちも

とうに呑みこまれ


はるか遠く 奥のほう

焔の色が 揺れ

たおれるすがたが

ひとのかたちに似ている


(池田康)