2026年9月23日水曜日

台風25号、オデュッセイア

台風25号接近通過、ベランダの鉢を室内に入れるなど備えた。千葉では深刻な被害が出ているようだ。うちの近辺は枝が散らばっているくらいでさほどのことはなく、よかったと安堵したのだが、原付バイクのエンジンがかかりにくくなっていて、また座席が水分をたっぷり含んでいたようで、15分ほど乗ったら尻がずぶ濡れになった。

先週には、みらいらん次号掲載予定の、重要な対談を行った。長い秋雨と台風25号の間の貴重な好天の日。対談自体はつつがなく終了したのだが、写真撮影と録音は危なかしかった。たくさん撮っても使えそうなのはわずかというのはいつものことだが、この日は外光の取り入れに安心してしまったのもあってか確率がより低くなった。録音機は2台使ったが、メインのレコーダーに思わぬ支障が出て(知らぬうちに最高音質モードで録音していてすぐに容量いっぱいになってしまった)、サブ機に一縷の望みをつないだ形になった。ひやひやの一日だった。

映画「オデュッセイア」(C・ノーラン)を見た。重厚で隙がなく、評判通り迫力満点。題材に向かう真剣さをひしひしと感じる。古代の叙事詩は波瀾万丈だ。物語を整理する都合からか、ナウシカア王女が出てこなかったのは少し残念。

次の日曜日、27日に第28回TOKYOポエケットに参加の予定。お暇ありましたらお越し下さい。江戸東京博物館1階会議室、午前10時から午後4時半まで。

(池田康)

2026年9月11日金曜日

秋雨の日々

秋雨に悩まされる9月上旬の日々。バケツをひっくり返したようなという常套句があるが、日本上空にはバケツがいくつあるのだろうか。量産体制に入ったのだろうか。青空が恋しい。

城戸朱理さんから連絡があり、アメリカの長い歴史を誇る文芸誌「World Literature Today」の創刊百年記念アンソロジー「世界文学の100年」に作品がオクタビオ・パスらと並んで掲載されたとのこと、驚嘆であり、目覚ましい慶事で、心より祝意を表したい。

山本萠さんから秋の個展の案内をもらった。次のとおり。






(池田康)

2026年9月1日火曜日

「沃野の月」のことなど

最近びっくりした体験を一つ書くと、先週のある日の午後、幻覚を見た。現実の時空とつながらない光景を錯視するのは気味の悪いことだった。何が引き金だったのか。料理に使ったぶなしめじの中に変なキノコが混じっていたのか、新しく届いた印刷物のインクなどの成分がいけなかったのか、それとも散歩中に何かおかしなものを体内に取り込んだのか。

日曜日、天王洲の銀河劇場で、野村眞里子さんプロデュースのフラメンコ公演「沃野(ベガ)の月」を観た。スペインのフェデリコ・ガルシア・ロルカをテーマにした舞踊。ロルカは昔、戯曲をいくつか読んだことがあり、イプセンやチェホフとは違った、いきなり核心へと向かうような直裁な書き方に強い印象を受けたことがある。1936年8月、38歳で銃殺されるという最期も衝撃的だ。スペインのフランコ政権は1975年まで続いたというからヨーロッパでも特殊な近現代史を持つ国と言えるのだろう。フラメンコはとても独自色の強い舞踊・音楽の文化で、その濃密な個性に気圧される。アフリカのリズムやアラビアの感受性、ロマ族の香りも混ざり合っているのだろうか。ロルカの死にあたると思われる部分のソロ舞踊(アルベルト・セジェス)がことに強烈なパフォーマンスだった。野村眞里子さんの夫君の野村喜和夫さんのロルカを想う詩の朗読もあった。こういう舞台作品も、実生活の時空とつながっておらず、その意味で幻覚に近いものであり、くらくらする体験だ。

ついでに。土渕信彦さんの京都のギャラリーの新しい企画展示の案内が届いた。下の通り。


(池田康)